鈴木 朗子

 私は今年(2017年)、北米幕屋の聖会に参加するため、アメリカ中南部のタルサに行きました。25年ぶりでした。その地に立った時、当時の出来事が甦ってきました。

 私は広島出身で、信仰一筋の母が祈りながら育ててくれました。夜寝る前には、母が私たち姉妹を抱きしめて祈ってくれていました。そのうちに、私自身も神様を慕うようになりました。そして、英語を勉強して神様のお役に立ちたいという願いをもって、アメリカのミズーリ州の大学に留学したのです。

 学校の授業についていくのは大変でしたが、周囲の学生も熱心に勉強している雰囲気の中で、勉強が楽しくてしかたありませんでした。何か悩みがあっても一緒に祈ることのできる、アメリカや東南アジア出身のクリスチャンの友人たちが与えられていました。

突然の闇

 留学3年目の秋のことです。私の不注意で、交通事故を起こしてしまいました。真夜中まで図書館で勉強していた帰り道、私の車が大通りに出る時に、直進してくるバイクに気がつかず、停止しなかったのです。幸い、相手の方は軽傷で、命に別状はありませんでしたが、完全に私のミスでした。

 数日後、私は簡易裁判所に呼ばれて行きました。説明書を渡され、裁判官が「Are you guilty?(あなたは有罪ですか)」と聞く時に、「Yes, I’m guilty.(はい、私は有罪です)」と答えるように、とのことでした。

 それはほんとうに事務的な、事故処理の手続きでした。そこには何人もの人がいて、順番に手続きをしていきます。私の番が来て、前に立つ裁判官が私の罪状を言い、そして、「Are you guilty?」と聞きました。私は、「Yes, I’m guilty.」と答えました。

 けれども、「guilty 有罪」という言葉を口に出した途端、その言葉がずしっと重く胸に入って、私の心は突然、真っ暗な中に落ちていってしまいました。私は罪人なんだ、と思うと、今までやってきたことがすべてだめになってしまったような、否定の心でいっぱいになり、心に闇が襲ってきたのでした。

 裁判所から家に帰って、「祈ろう」と思うのですが、聖書に手をかけてもどうしても開くことができません。神様の御名を呼ぶことも全くできませんでした。

 自分で自分を許せず、ただ布団を被って、事故の状況を思い出しては泣いていました。私のために祈り、愛して、日本から送り出してくださった方々のお顔が次々と浮かびますが、自分の存在が皆の記憶からなくなってしまえばどんなにいいだろう、どこかに逃げ出せたらと、そんなことばかり思っていました。

 自分自身では振り切ることができず、一歩も進めなくなってしまいました。

光が降って

 その2週間後、私の住むミズーリ州の町から300キロほどの距離にあるタルサ幕屋で、ペンテコステ集会が開かれることになっていました。聖書に書いてあるように、聖霊が注がれることを求めて祈る集会です。私はずっと前から、その集会に行くことを楽しみにしていて、友人たちにもそのことを話していました。

 ハウスシェアをしていたマレーシア人のビビアンが、ふさぎ込む私を見て、

 「今度、タルサの集会に行くのでしょう?」と言ってきました。私が口ごもっていると、

 「あなたはその集会に行くべきよ。私たちが一緒に行くから」と、私を心配して来てくれたアメリカ人の友人も言ってくれました。

 しぶしぶ、重い心を引きずるように、3人でタルサ幕屋に行きました。車中、何時間も言葉少なく、重い雰囲気でした。集会でも座っているのがやっとでした。どんなに責められても当然だと思い、赦(ゆる)されたいという気持ちも、何の期待もありません。

 最後の祈りの時に、司会者が「祈ります」と言われたので、目を瞑って小さな声で、「天のお父様、お父様」と呟きました。その途端、いきなり上の方から光のようなものが、ガーッと滝みたいに自分の上に降(くだ)ったのを感じました。その瞬間、お腹から喜びがワーッと湧いてきてしまったのです。

 自分でも驚いて、頭の中で「こんな時に喜んじゃいけない」と思っているのですが、その喜びはどうしようもなく湧いてきます。そして、「神様、私、喜んでもいいのですか」と祈っている自分がいました。

 真っ暗な中で一歩も動けずにいたのに、一瞬にして光の中へ戻されました。

聖書を開くと

 ビビアンもクリスチャンで、祈りの中で異言が出て、嬉しくてしかたがないと、帰りの車の中で話してくれました。

 行く時はお通夜のような重い雰囲気だったのに、帰りは嬉しくて嬉しくて、ワイワイ言いながら、あっという間に大学まで帰り着きました。

 聖書を開くと、この箇所が心に響いてきました。

わたしが陰府(よみ)に床を設けても、
あなたはそこにおられます……
「やみはわたしをおおい、
わたしを囲む光は夜となれ」とわたしが言っても、
あなたには、やみも暗くはなく、
夜も昼のように輝きます。
(詩篇139篇)

 たとえどん底のようなところでも、キリストの御名を呼ぶとき、キリストは一瞬でやって来てくださる。闇を光に変えてくださる。

 その後もさまざまなところを通りましたが、この経験が私を支えてくれました。タルサの地で、あの時の感謝が湧いてなりませんでした。

(2017年 東京都在住)