ラビ・ベニヤミン・ラウ

 私は今日、この祈りの会に2人の天使を招いています。1人は私の祖父で、ナチスによって殺されました。もう1人は私の父ナフタリで、4年前にエルサレムで亡くなりました。この2人の天使と共に、今日は皆さんと一緒に、祈りの道を歩んでゆきたいと思います。

神が選ばれる人とは

Rabbi Dr. Benjamin Lau
 エルサレムのラムバン・シナゴーグのラビ。毎日1章ずつ聖書を読む国民的運動「929」の提唱者であり、宗教と世俗の社会の溝を埋める重要な役割を担う。聖書やユダヤ教に関する著書多数。1961年イスラエル・テルアビブ生まれ。

 ではまず、「創世記」のアブラハムの物語から学んでゆきましょう。アブラハムの物語をよく読んでみると、神様が自らを現されるのは、大いなる目的のために働こうとする者に対して、であることを知ります。

 創世記12章で、神様は突然アブラハムに現れて、「あなたは国を出て、親族に別れ、父の家を離れ、わたしが示す地に行きなさい」(1節)と言われました。

 なぜ神様は、アブラハムを選ばれたのか。それは、「わたしは彼が後の子らと家族とに命じて主の道を守らせ、正義と公道とを行なわせる者であることを知った」(18章19節・直訳)からです。

 神様は、アブラハムが義と公正をもって世を改め、その子らを教えて主の道を守らせ、義と公正を行なわせようとしていたことをご存じでした。

 神様がアブラハムに告げられた最も大切な言葉は、「あなたは祝福となれ」(12章2節・直訳)です。神様はアブラハムに、「地のすべてのやからは、あなたによって祝福される」(3節)と言って、わたしがあなたを祝福するが、これからはあなたが全世界を祝福するのだ、と言われました。

 そのように、自分に与えられた祝福を、他の者に与え、この世を改めようとしている者に、神様は自らを現されるのです。神様は、その人と常に手と手を取り合って、死の陰の谷を歩むような困難な中も共に歩んでくださるのです。

 日本に来て、手島郁郎先生について多くのことを学びました。先生は、初めから神様と出会うことを求めて阿蘇に行かれたのではなかったことを知りました。

 日本が戦争に負けた時、まず製粉工場を起こされ、民を救おうとされた。その後、アメリカ占領軍が子供たちから学びの場を奪おうとした時に抵抗された。それで占領軍に目をつけられ、阿蘇の山に逃れられた。そこで神様は、手島先生に現れられたのです。

 手島先生は、自分のための何かを欲しておられたのではなく、自分の民族のことを思い、日本の社会を再建しようとされていたのです。神様はその姿を見て先生を選ばれたのでした。それ以来、先生が地上を去られる日まで、神様は共にあられました。

天を地に植える人々

 手島先生のお墓に詣でた時、その墓石には詩篇73篇の2つの聖句が刻まれていました。1つは「わたしは常にあなたと共にあり、あなたはわたしの右の手を保たれる」(23節)。もう1つは「わたしはあなたのほかに、だれを天にもち得よう。地にはあなたのほかに慕うものはない」(25節)という聖句でした。これは、神様が天にもっておられるすべてのものを地上にもたらす、ということを意味しています。

 イザヤ書51章16節には、「こうして、わたしは天をのべ、地の基をすえ」という聖句があります。ここに「植える(リントア)」という言葉があります(日本語訳聖書では「のべる」と訳されている)。ヘブライ語の「リントア」という言葉は、「木を植える」という意味にしか使われません。すなわち天を地に植えて、それが育ち、実を稔(みの)らせることです。

 これこそ、アブラハムや手島先生がなされたことであり、私たちも天を地に植えることを願います。

最も聖なる書・雅歌

 私たちの人生は、どちらかというと太陽よりも月に似ています。満月のように満ちている時もあり、三日月のように欠けている時もあります。私たちは常に神様と共にあることを願いますけれども、現実にはそうでない時もあります。

 これから皆さんと「雅歌」を学びたいと思います。雅歌には、愛し合う男女の出会いが描かれています。紀元2世紀に活躍したユダヤ教の賢者ラビ・アキバは、雅歌は単に男女の愛の物語ではなく、ユダヤの民と神様の関係を描いた、聖書の中で最も聖なる書である、と言いました。そこには、歴史の中でユダヤ民族に起こった出来事が描かれているのです。

 ユダヤの民は神様を求め、神様もユダヤの民を求められました。そしてソロモン王によって、エルサレムに神様の住まいである神殿が建てられました。この時代は、国に平安と喜びとが満ちていました。

 雅歌の5章1節を読むと、「わが妹、わが花嫁よ、わたしはわが園にはいって、わが没薬(もつやく)と香料とを集め、わが蜜蜂の巣と、蜜とを食べ、わがぶどう酒と乳とを飲む」とあり、男女が出会った喜びが記されています。すなわちこれは、ユダヤ民族と神様の、最も嬉しい出会いの時を表しています。

 ところが2節では、「わたしは眠っていたが、心はさめていた。聞きなさい、わが愛する者が戸をたたいている。『わが妹、わが愛する者、わがはと、わが全き者よ、あけてください。わたしの頭は露でぬれ、わたしの髪の毛は夜露でぬれている』と言う」とあります。一体何が起こったのでしょうか。

眠りこけてしまった民

 かつて歴史の中で、ユダヤ民族が眠りこけていた時がありました。ソロモン王の死後、国は分裂しました。神様のことを忘れ、民族の内で相争ったのです。それで遂に、神の霊はオリーブ山の上から、「エルサレムよ、さようなら」と言って去ってゆきました。

 そして空っぽの国だけが残りました。そこにバビロニアから敵が攻めてきて、ユダヤの民は捕虜として連れてゆかれ、70年の間、捕囚民となったのです。

 その後、神様はペルシアの国にクロスという王様を起こし、バビロニアを征服させられました。クロス王はユダヤの民に、「再び祖国に帰れ!」と言って、彼らを捕囚から解放したのです。

 けれども、捕囚の地で安定した生活を得ていたユダヤの民は、信仰的に眠ってしまっていたので、その多くが祖国に帰ったわけではありませんでした。神様が「わが家に帰れ!」と言われたのにもかかわらず、彼らはその声を聞かなかったのです。

 その後の歴史でも、国を失ったユダヤの民に、「わが愛する者よ、戸を開けておくれ」と言って、神様は戸を叩かれましたが、民は目覚めなかったのです。そんなことが、何度かユダヤの歴史で起こりました。

ガス室の前の祈り

 最後に起こったのが第1次世界大戦の最中、イギリスのバルフォア外相がユダヤ民族に、「民族の家(ナショナルホーム)」に帰ってよいと宣言した時です。当時ヨーロッパには数百万人のユダヤ人がいました。しかし、少数のユダヤ人しか、愛する者が戸を叩く音を聞かなかったのです。

 私の祖父は、ラビ・モーシェ・ハイム・ラウといって、ポーランドの重要なラビでした。バルフォア宣言の後、祖父は「ユダヤ人はイスラエルの地に帰還しなければならない」と手紙に綴っていました。私は今もその手紙をもっています。

 しかし、その地に留まった祖父の町のユダヤ人は皆、その後ナチスによってトレブリンカ強制収容所に送られました。その時、私の父は16歳で、ドイツ人の工場で働いていたため、それを免れたのです。父には5歳になるイスラエルという名の小さな弟がいました。

 祖父はトレブリンカに送られる前夜、父に言いました、「おまえはポーランドの家を見ているが、これはおまえの本当の家ではない。長年、これが自分の家だと思ってきただろう。だがそれは間違いだ。この戦争から生き延びることができたら、弟を連れて、おまえの本当の家であるイスラエルの地へ行くのだ」と。その祖父は、収容所で虐殺されました。

 雅歌には「わたしはわが愛する者のために開いたが、わが愛する者はすでに帰り去った。彼が帰り去ったとき、わが心は力を失った。わたしは尋ねたけれども見つからず、呼んだけれども答えがなかった」(5章6節)とあります。「呼んだけれども答えがなかった」というこの聖句は、聖書の中で最も辛い一句です。

 けれどもこの女性は、「エルサレムの娘たちよ、わたしはあなたがたに誓って、お願いする。もしわが愛する者を見たなら、わたしが愛のために病みわずらっていると、彼に告げてください」(8節)と言いました。

 この女性は、祈って答えがない時でも信仰を失わず、彼を探す助けを、救いを求めました。

 トレブリンカのガス室の前に佇(たたず)む祖父の姿を思い浮かべる時、私には「もしわが愛する者を見たなら、わたしが愛のために病みわずらっていると、彼に告げてください」と言っている祖父の姿が見えてきます。

 祈りには、光に満ちた祈りがあります。しかしまた、深い闇の中から祈られる祈りもあります。神様が私たちの祈りに応えられないと思うようなときにも、私たちはなお祈りつづけるのです。

祈りを聴きたもう神

 私の父ナフタリは、小さな弟と共に、1945年、連合軍の勝利によってドイツの強制収容所から解放されました。それから50年後のことです。私は父と共にエルサレムの西の壁の前に立っていました。父の横には、かつて小さかった彼の弟がいました。それは、その弟がイスラエル国の首長ラビとして、イスラエル国から選ばれたことを祝う日でした。

 父が私にこう言いました、「おい見たか、『わが愛する者』は祈りを聴かれたぞ」。その時、私は父の目に一粒の涙が光るのを見ました。

 4年前、天寿を全うした父を、私はエルサレムの土に葬りました。その時私は、「ユダヤ民族を救ってくださった神様、ありがとうございます。私たちは長い流浪の末に、こうしてイスラエルの国を見ることができました。私たちは今、贖いの中に住んでいることを感じています」と感謝いたしました。

 私たちは再び眠ってしまってはならないのです。争いや戦いは、外側からやって来るのではなく、私たちの内側から出てくるのです。それで、常に私たちの内側が清められ、神の霊によって、内なるものを新たにされることを祈らねばならないと思います。

(2018年)