中嶋 正明
聞き手:藤井 資啓

 中嶋正明さんご夫妻は、70歳を過ぎて、東京から佐渡島へと熱い思いを抱いて移住されました。5年が経った現在のようすを伺いに、私はフェリーで佐渡に渡りました。中嶋さんは、総合病院の駐車場で明るく働いておられました(2018年)。

病院に広がる笑顔

藤井資啓 地元の方から、中嶋さんが病院の玄関で車の誘導を始められてから病院の雰囲気が変わった、とお聞きしました。どんな気持ちで働いておられるのですか。

中嶋正明 この総合病院には、付き添いの家族も含めて、毎日1000人くらいの人が来られます。佐渡ではここがいちばん大きな建物ですし、最も人の集まる所なんです。それで、事故のないようにするのが私の仕事です。

 仕事を始めた頃、病院に来られる人たちが皆、緊張しているのが気になりました。それで「おはようございます」とか、「気をつけて帰ってくださいね」と、私から声をかけるようにしたんです。

 そのうち顔見知りの人が増えて、向こうからも挨拶されるようになってきました。時にはつい、「いらっしゃい」と言ってしまうこともあるんです。病院でこんなことを言って、どうかと思いますよね。

 また佐渡には、北朝鮮に拉致された方の家族もおられます。今ではその方たちとも声をかけ合うようになりました。何か温かい関係が生まれてきているのを感じて、嬉しかったですね。

 産婦人科に来られる妊婦さんには、「おめでとう! 子供さんは佐渡の宝ですから、よろしくね」と挨拶するんです。するとご主人も奥さんも「ありがとう!」と笑顔で言葉を返してくれます。佐渡は年々人口が減っているので、赤ちゃんを見るとありがたくて、元気に育ててほしいという祈りが湧いてきます。

古きを脱ぎ捨てよ!

藤井 なぜ、佐渡島に来ようと思われたのですか。

中嶋 私は長年、東京に住んでいました。東京には幕屋の友が大勢いて、信仰的にはとてもありがたい環境でした。でもそれは、私の信仰が恵まれた中で安定して、停滞していた時でもあったと思います。若い時に、手島先生の信仰にある激しい生きぶりを見た者として、この程度の生き方では申し訳ないと思いました。

 その頃祈っていると、「古きを脱ぎ捨て、新しきを着よ」という、エペソ書の言葉が私の心にバーンと入ってきたのです。すると、ただ喜んでいるだけじゃいけない。安定した現状を破って、もっと神様のお役に立つ生き方をしたい、という思いが湧いてきました。

 私も家内も残る生涯、どんな所へでも行って、神様の喜んでくださる生き方を第一にしたいと願っていました。そんな時、友人の勧めもあって、高齢の方の多い佐渡の幕屋に行こうと思ったのです。

藤井 中嶋さんにとって佐渡島はどんな所ですか。

中嶋 私はこの島が大好きです。風景も素晴らしいし、環境もいい、原日本を感じますね。秋になって、佐渡島の中央にある国中平野に、稲穂が黄金色になびいている風景なんて、たまらなく美しいですね。

 言葉は荒くて戸惑うこともありますけれど、佐渡の皆さん、ほんとうに素朴です。昔ここは流人の島でしたが、中には順徳上皇や日蓮上人、能の世阿弥など、精神的にも優れた方々がおられました。それで、佐渡の人たちの精神的、文化的レベルは高いですね。

佐渡の未来に希望を見る

藤井 佐渡島での生活には慣れましたか。

中嶋 最初は、地域に溶け込むのが大変でした。でもありがたかったのは、「茶の間の会」という、年配の人たちが孤独にならないように、各地域で月1度、集う会があり、私もそこに参加したことです。すると、その世話人の方が『生命の光』の読者だったんです。

 その方が、「春は神道の話、夏は仏教の話だった。そこで12月は、キリスト教徒のあなたの話で1年を締めくくってほしい」と言われました。私も地域に溶け込みたいと思ってお受けしました。そして私の話をきっかけに、数名の方が幕屋の信仰に興味をもたれて、親しい交わりが始まりました。

 佐渡幕屋は東京の幕屋とは違って少人数です。風邪を引いて集会を休む人などがいると、「えっ、今日はこれだけですか!」と、愕然(がくぜん)とすることもありました。また1人で伝道してみると、自分の魂の貧弱さを身に沁みて感じましたね。

 しかし、そういう寂しさ、辛さが、神様に向かって切実な叫び、祈りを上げることにつながりました。そして、毎朝、家内と真剣に祈りつづけました。やがてその祈りを、天は聞いてくださいました。

 5年経って、これからは私のように他県から来た者でなく、地元の人が中心となって、この島に福音を伝えてほしいと思っていました。すると、60代半ばの男性が集会に来られました。そして今年の春、幕屋のイスラエル聖地巡礼に参加され、喜ばれました。私は神様のなさりように、ただただ驚くばかりです。

 この方は一昨年、奥さんを亡くされ、2人の息子さんと共に暮らしておられます。そして「私の人生、もうダメかというところが、滑り込みセーフでした!」と、幕屋の信仰で喜んで生きておられます。2人の息子さんにも福音が伝わることが、私の今の熱い願いです。それは今後の佐渡の希望だからです。

 素朴で土を愛し、人を愛する佐渡の人たちと触れ合いながら、私もこの島で神様の光を掲げつつ、未来への希望を湧かされていることが嬉しくてなりません。

藤井 ありがとうございました。これからも、佐渡島に笑顔が満ちるように、私も祈っています。

(2018年)