中島 信義

 私は今年(2018年)、93歳になります。年は取っても、心燃えて生きることがいちばん大事だ、とつくづく思います。

「父親になってくれ」

 今から30年以上前のことになりますが、私の最初の家内が50代の時にがんで亡くなりました。まだ若いですから、家内は肉体的にも精神的にも苦しみました。闘病の4年間、できることなら代わってやりたいと、私はどんなに思ったかしれません。

 そんな経験がありましたので、私は人から勧められても、もう結婚はしないと心に決めていました。

 ところが2年ほどして、私が尊敬している信仰の先輩から、ある婦人との再婚を勧められたんです。

 その婦人は、私と同郷の岐阜県下呂(げろ)の出身で、2人の子供がまだ幼かった時に夫を失い、女手一つで育ててきた人でした。再婚の話があったのは、彼女の息子が20歳、娘が高校3年生の多感な年頃のことで、私は新しい家庭を築くことは無理だと思いました。それで、お断りしたんです。

 でもその夜、なかなか眠れないんです。そうして、明け方になった時に、「父親になってくれ」という、キリストの御声を聴きました。

 「そうでしたか、神様。あなたは、2人の子供のために父親になれ、と言われるのですか。それなら、私は決心します」

 神様の声を聴くこと、そして従うこと。これは、私が恩師の手島郁郎先生から教えられた信仰です。それにしても、60歳を超えて、神様の一言によって新しい人生に導かれるとは、思いもしませんでした。

 最初は、子供たちも大変だったと思いますが、半年ほど経った時に、2人とも、「おじちゃんは、本当のお父さんだ」と言ってくれました。嬉しかったです。キリストの御声に従うときに、神様はそれに伴う祝福も与えてくださることを知りました。

 やがて子供たちも家庭をもつようになり、私も高齢になったので、7年前、それまでやっていた海産物の行商を辞めて、故郷の下呂に帰ることにしました。

 ところが、昨年の暮れに祈っていると、「父親になってくれ」と言われた神様の御声が、再び迫ってきたんです。私は、子供たちや孫たちに信仰の喜びを伝えて死にたい、という願いが湧いてならなくなりました。

 高齢の私には冒険でしたが、今年の初めに思い切って家内と2人で、大阪に住む上の子の家の近くに引っ越しました。

 実際に新しい環境に飛び込んでみると、一つひとつが新鮮で、魂が燃えてくるのを感じます。

憐れみの愛が溢れて

 そうして大阪に出てきて3カ月ほど経ったこの春、思ってもいなかったことが起きました。下呂に住んでいる家内の弟が、がんの末期で手術もできないことがわかったんです。突然に死を宣告されたようなもので、義弟も相当にショックだったようです。

 家内の父親は、先の大戦における沖縄戦で戦死し、その後、母親はとても苦労して結核で亡くなりました。

 「お母さんは、もうダメやから、幼い2人の弟を頼むね」と言って亡くなったそうです。それは、家内がちょうど中学校を出る時でした。

 親戚や周囲の人たちは、小学5年生と2年生の弟たちを孤児院に入れようとしましたが、家内は、「これ以上、家族がバラバラになるのは、あまりにもかわいそうです。私が育てていきます」と言って、母親代わりになって必死に働いて2人を養ったんですね。

 その弟が、がんになって死にかけている。私もたまらなくなって、2人で毎日祈りつづけました。

 ある日、意を決して、家内と訪ねていくことにしました。そうしたら息子も、「叔父さんにはとても可愛がってもらったから、自分も一緒に行きたい」と言うんです。

 行きましたら、義弟は布団の上で待っていてくれました。3人でその病身に手を按(お)いて祈りはじめたその時です。キリストの憐れみの御愛が溢れてきて、私の涙が義弟の頭の上にボトボト落ちて、もう言葉では祈れないようになってしまいました。それから、義弟も涙ばかりが出るようになってしまった。

 1週間後に家内が再び見舞いに行ったら、「自分は今までどんなにしても、あっち(この世)にしか向けなかったけれども、初めてこっち(神様の方)を向けた」と言って、また泣いた。

 義弟のお嫁さんが、「あなたが泣いてばかりいたら、私まで悲しゅうなるやないの」と言ったら、「これは悲しい涙ではないんや。嬉しい涙や」と言ったといいます。

 そして1週間後に、不思議に何の痛みも苦しみもなく、ほんとうに喜んで天に帰っていきました。平安に満ちたその顔の美しさといったらありませんでした。

冒険によって開ける世界

 私があのまま故郷の下呂にいたら、家が近いので何度でも見舞いに行けますから、人間的な心で慰めていたのではないかと思います。

 しかし、大阪に出てきたために、一度の出会いにかけて、義弟の魂がただ神の御国につながることを願って、必死になって行きました。その時に、キリストの聖霊が注がれる喜びの世界を見せられました。

 やはり故郷に留まっていた時は、いつの間にか私は安定の中にいて、落ち着いてしまっていたと思います。しかし、年を取っても御声に従って冒険してみると、神様の生命の世界が開けてくるんですね。

 私は人生の最後まで、キリストに聴きつつ、永遠の世界を目指して生き抜く者でありたいと願っています。

(2018年 大阪市在住)