中野 静

 わたしを見た者は、父を見たのである。
(ヨハネ伝14章9節)

 「ワッタのオドドだ!」

 「いや、ワッタのオトウチャンだ!」

 2歳の時に父は戦死し、母は私を連れて新潟の親戚の家で生活するようになった。

 私は義父を力いっぱい分取りたいんだけど、幼い従妹(いとこ)には勝てない。つい、しがみついてる手も弛(ゆる)む。しゃにむにぶら下がっていた昨日まではよかったが、譲る今日がうらめしい。

 「さあ、みんなのお父ちゃんだぞ、仲良うするんだ」

 「………………」

 「やっぱし、ワッタのだ」と、大きなお膝の中で得意そうに従妹が叫ぶ。

 「オトウチャンなんか要らねーッと!」

 はねてって、母の背中に飛びついてはみるものの、義父の感じじゃないのです。ついでに涙を思いっきりゴシゴシと、母の背にこすりつけてしまいました。

 夕方になると、どの家にも父親がいて兄弟がいる。赤く灯のにじんだ窓、その窓があったかそう。

 「オトウチャン、どうして死んだ! 帰ってきてくれ!」と、幼女の私は叫んだ。

 ある時、キリストが私に近づいてくださった。私はキリストを見た。キリストは私に神の子としてくださる御霊を注いでくださった。だから主イエスのように神に向かって、こう親しく呼べる。

 「お父さま! お父さま! アバ、父よ! 見たかったし、会いとうございました。ご存じのとおり、今までしくじりました。転びもしましたが、とうとうキリストが見せてくださったお父さま!」

 やさしい父、大きい、深い、限りない生命の父。私は嬉しくって、むしゃぶりついて泣いた。

 あなたがたの父はただひとり、すなわち、天にいます父である。
(マタイ伝23章)

 私たちは天のお父様の子だから、胸を張って堂々と生きる。

 Aさん、あなたも私も、もう父なしっ子じゃないわ。

* * *

(注1) 「アバ」とは、アラム語で「父」の意。

(注2) 中野静さん(1918~1966年)は東京女子医学専門学校(現・東京女子医科大学)を卒業後、医師として、がんや結核菌の研究を行なう。34歳の時、手島郁郎の集会で回心し、48歳で召天するまで伝道に尽くした。