中島 信義

 幼な子を抱いていると、小さな体にぎっしりと詰まる未来を感じます。

 まして幼な子イエスを抱いたという聖書の人物——老シメオンの感激は、いかばかりであったでしょう。

 ルカ伝によると、シメオンはイスラエルに救い主が現れるという千年来の預言を信じ、老年に至るまで、日夜、熱心に祈りつづけていました。

 あるとき、胸騒ぎを覚えながらエルサレムの神殿に入っていくと、両親に抱かれた幼な子イエスを見たのです。

 長い長いイスラエル人の祈りが遂に聴かれた。そう霊感されたシメオンは、近づいてその嬰児(みどりご)を抱き受けました。その感動と祈りが、聖書に書かれています。

 今、僕(しもべ)の目はあなたの救いを見た。この救いはあなたが万民の前にお備えになったもので、異邦人を照らす啓示の光、み民イスラエルの栄えであります。
(ルカ伝2章)

 この時から2000年を経た今日、東洋の民、日本人にもこの啓示の光が照らされています。私自身も30歳の時、暗かった魂が、死をも照らす生命の光に接し救われました。

 82歳となった今、私にとって切実な祈りは、老シメオンのごとく、わが祖国の救いであります。

 主イエス・キリストのご降誕を、心から寿ぎつつ、救いの光が普(あまね)く日本に満ちんことを、切に祈ります。

(東京都在住)