長井 充

天にはさかえ御神にあれや

 

天(あめ)にはさかえ 御神にあれや 地(つち)にはやすき 人にあれやと
みつかいたちの 称うるうたを 聞きてもろびと 共によろこび
いま生(あ)れましし 君をたたえよ

 

さだめたまいし 救いのときに 神のみくらを 離れてくだり
いやしき賤(しず)の おとめに宿り 世人のなかに すむべきために
いま生れましし 君をたたえよ

 

あさ日のごとく かがやき昇り みひかりをもて 暗きをてらし
土よりいでし 人を活かしめ つきぬ生命を 与うるために
いま生れましし 君をたたえよ

 おびただしい天の軍勢が現れ、神を賛美した状況をモティーフにして、キリストの聖誕を祝っている歌です。

いと高きところでは、神に栄光があるように、
地の上では、み心にかなう人々に平和があるように。
(ルカ伝2章14節)

『羊飼いの礼拝』
バルトロメ・エステバン・ムリーリョ(1617~1682年)

 荒野で羊飼いたちが野宿をして、羊の番をしていましたが、突然主の天使が現れ、主の栄光が彼らをめぐり照らしたので、彼らはひじょうに恐れた。すると天使は言いました。「恐れるな。見よ、すべての民に与えられる大きな喜びを、あなたがたに伝える。今日ダビデの町に、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主なるキリストである。あなたがたは、幼な子が布にくるまって飼い葉おけの中に寝かしてあるのを見るであろう。それがあなたがたに与えられるしるしである」と告げたのでした。

 祭司ザカリヤに主の天使が現れたとき、また乙女マリヤに現れたとき、彼らはひじょうに恐れました。ここで羊飼いたちも天使の来訪に恐れています。濃厚な聖霊が臨在する場では、魂はショックを受けます。あまりの高い次元に恐れるのです。しかし、天の喜びの音信(おとずれ)を持ち来たる天使たちは、いつも「恐れるな!」と言って力づけ励ましています。

 土のちりによって作られた人間に、尽きることのない永遠の生命を注いで生きた者とし、御光によって暗黒を照らしてくださるキリスト。まさしくイザヤが預言したとおりです。

 しかし、あなたの上には主が朝日のごとく昇られ、主の栄光があなたの上に現れる。もろもろの国はあなたの光に来、もろもろの王は、昇るあなたの輝きに来る。
(イザヤ書60章2~3節)

 何という感動でしょうか。今もキリストがその栄光をもって照らし、私たちを祝しておられることを賛美するとき、熱い感動が胸にあふれます。

 この歌はチャールズ・ウェスレーの作詞によるものです。オックスフォード大学を卒業して、兄ジョンと共に伝道していましたが、どれだけ伝道しても人々の魂を救うことはできませんでした。心身疲れ果ててロンドンに帰ってきましたが、ちょうどそのころ、ドイツのモラビアから伝道に来ていた聖霊の人ペーター・ベーラーに出会うだけで、体じゅうが身震いするような霊感に打たれたのでした。この一人の聖霊に満たされた人ベーラーに出会うことによって、ウェスレー兄弟もやがて決定的回心をするに至ったのでした。

チャールズ・ウェスレー

 1738年ペンテコステの朝、教会に行く途中で2人は、不思議な霊感に満たされて回心し、全イギリスを救うメソジスト運動が起こったのでした。

 回心の夜、彼はベッドの中で激しい一つの声を聞きました。「そのまま眠るんじゃない。さあ立て、おまえの病は癒やされた。ナザレのイエスの名によって立ちて歩め」と。肺を病んでいたチャールズは、たちまち全身が燃えるような熱い経験をして立ち上がりました。

 チャールズは兄ジョンのように理論家でも説教家でもありませんでした。彼がいつも語るのは、「走れ、来たりて見よ! この私ではない。私が雷のような雄弁を吐くのを聞くことではない。私の内に住む救い主を見よ。私を通して語りつつある神の声を聞け! あなたの内に来たりたもうキリストに聞け!」と叫ぶのが常でした。彼は詩作には長じていましたが、説教は上手ではありませんでしたから、いつも集会では、それだけしか語りませんでした。しかし同じことを何度語っても、それでリバイバルは起きました。

 この曲は有名な音楽家メンデルスゾーンがグーテンベルグ(活字印刷機を発明した人)を記念する祭りに際して、「祝祭頌歌(フェストゲザンク)」として作曲した4章からなる合唱曲の第2章を、音楽家で音楽史家であるカミングスが賛美歌に編曲し、チャールズの詩と結びついて、クリスマスの名賛美歌になりました。