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原爆落下中心碑(左)と浦上天主堂の遺壁

長原 眞

 私は昨年(2015年)、伝道のため長崎に滞在しました。長崎に行ってどうしても訪ねたい所がありました。それは、原爆が投下された爆心地です。そこで、原爆で亡くなられたかたがたの冥福を祈らなければ、長崎の伝道はできない、と思いました。

 奥さんが被爆したという幕屋の友人に案内されて、爆心地へ行きました。そこは、今は平和公園となっていて、被爆した浦上天主堂の壁と、祈りのモニュメントが建っていました。友人が言います、

 「家内の母は、近くの高台で被爆して即死しました。家内は三菱製鋼の事務所で働いていたときでした。剥がれ落ちた天井や内壁、窓ガラスの破片、重い書類棚。その中に生き埋めになって8時間、もうだめだと思ったとき、救護に来た人に助けられました。でも、原爆症から脊椎カリエスになり、一度はよくなって私と結婚したのですが、やがて3人の子供を残して亡くなりました」と。

 その場で聞く証言は生々しく、祈りのモニュメントの前に立っても、どう祈ってよいかわかりません。それから私は、長崎に滞在中、週に一度、原爆が投下された時刻にそこへ行って祈るようになりました。

(2016年 東京都在住)