村山 悦斎

 今年(2017年)は宗教改革から500年を迎えます。世界じゅうのプロテスタント・キリスト教徒はこぞって、その立役者マルチン・ルターの功績を称えることでしょう。

命をかけた男

市庁舎前広場に建つルター像
(ヴィッテンベルク)

 私は昨年、ルターの町ヴィッテンベルクを訪れました。1517年10月31日、その町の大学で聖書の講義を担当する教授ルターが、「95カ条の論題」を城教会の扉に打ちつけたといわれています。それが宗教改革の発端となりました。

 「コインが箱にチャリンと音を立てて入ると、霊魂が天国へ飛び上がる」。そんな口上で、買えばあたかもあらゆる罪が免除されるかのように謳って、贖宥状(免罪符)を売りさばく説教師もいたといいます。ルターは、そんな状況に疑問を投げかけたのです。

 有名なヴィッテンベルクですが、思っていたよりも小さな町です。人口は5万人足らず。近くに酪農場があるのでしょう。牧歌的な匂いが漂っていました。

 町の中心にある市庁舎前広場にはルター像が建っています。それを見た時、私の頭に"面魂"(つらだましい)という言葉が浮かんできました。ふてぶてしい、という表現がぴったりくる面構えです。ただの学者ではない、命がけで事に当たった男の顔だと思いました。

 ルターの投げかけは瞬く間に各地に広がりました。当時の教会は貪欲に走り、聖職者の堕落は目を覆うばかりだったのです。やがてローマ教皇側も放っておけなくなり、ルターをなだめにかかりますが、彼は従わず、聖書を根拠に教会の問題点を指摘し、聖書に帰れ、信仰のみにて救われる、と訴えました。

 何度かの討論、審問があって、ついに教会から破門。さらには、神聖ローマ帝国の法の保護から外され、命も危ぶまれましたが、庇護者だった領主に匿(かくま)われて助かります。その後、この町で宗教改革を指導しました。

 私はその日、到着が夕方だったので、遅い夕食を取りました。ここまで来たからには、とビールを注文し、しばし旅情に浸りましたが、食事を頼もうにもメニューのドイツ語は全く読めません。とりあえず、いちばん上を指さし、出てきたものを食べました。おいしかったけれど、何だったのかはわかりません。

 その晩、なぜ一介の田舎教授ルターが歴史に巨大な足跡を残したのだろうと、床の中で思い巡らしました。

(2017年)