宮城 千恵
聞き手:村山 悦斎

 今春(2016年)、幕屋の友らと沖縄を訪れ、戦後繰り広げられた聖霊の伝道の生き証人にお会いしました。そのお一人、宮城千恵さんの、私たち壮年の世代にかけてくださる烈々とした祈りは、深く心に残りました。

村山悦斎 宮城さんがコンバージョン(回心)されたのは、沖縄がアメリカ施政下だった頃だそうですね。

宮城千恵 1961年です。当時、夫は必死に働いて、私も昼はメードをかけもちし、夜は既製品のブラウスを10枚縫って働きづめでも、どん底の生活でした。

 疲れもあったんでしょうね。私は家に帰ってきたら、ヒステリックになるんです。子供たちが勉強していなかったり、散らかしたりしていたら、私は泣き叫んで、「あなたたち、どうせ大きくなったら、戦争で死んでしまうんでしょう!」と子供を叩きました。義理の兄など、いい人がみんな戦争で死んでゆきました。

 あのままだったら私、気がおかしくなって、子供を虐待していたかもしれません。教会に行っていましたが、誘ってくれる人たちがいい人だ、というだけで、肝心の信仰はありませんでした。

(2016年 沖縄)