蓑輪 晶子

 私には高校生、中学生、小学生の3人の子供がおります。けれども、私がキリストの神様にお出会いすることがなかったら、この子供たちは地上に生まれていませんでした。

 私は7カ月の未熟児で生まれて、幼い時から病弱でしたので、両親が原始福音の信仰をもって、祈りながら育ててくれました。今、両親は私の妹夫婦と琵琶湖の畔で牛を300頭飼っておりますが、私が小さい時から、「おまえはわが家の長女だから、幕屋のたくましい青年を養子にもらって、跡を継いでくれ」と言うのが、父の口癖でした(笑)。

 けれども、酪農を学んでいた高校時代に、「私の人生なんだから、神様にも、両親にも束縛されたくない。自分の力で自由に生きたい!」と猛烈に反発しまして、酪農の本場、スイスへの留学を夢みていました。

 ちょうどそのころ、体の調子が悪くなって、病院に行きましたら、弱かった腎臓がかなり悪くなっていました。西洋医学だけでなく、鍼(はり)にも通いましたけれど、一向に良くならず、とうとう医者から、「将来、結婚されるでしょうけれども、子供は無理です」と言われてしまいました。

 私にとっては、初めての大きな挫折でした。

 そんな時に、父親から「おまえも信仰をもったらいい」と言われ、岡山幕屋にしばらくお世話になりました。けれども、なかなか心が変わらずに、これを最後に逃げ出そうと決心して座った集会でのことです。

 伝道者の先生が語るヘブル書の聖書講義を聴いている時でした。十字架上で流されたキリストの御血が私の体じゅうを巡り、指先まで熱くなりました。キリストの神様がこんな卑しい自分のために今も御血潮を流して、生命を注いでくださっている! そんな神様との出会いを体験させられました。

 神様の生命が注がれたら、うれしくてうれしくて、今まで自分の力で生きたいと思っていましたのに、神様に導かれる人生を願うようになりました。心が変わったら、いつの間にか病気も癒やされていました。

(1998年)