松雄 マリア

マリヤ
(レオナルド・ダ・ヴィンチ画)

 イエスの母マリヤ——キリスト教徒でなくてもこの名を知らない人はいないでしょう。

 私の名はこのマリヤに因んでつけられました。幼いときからマリヤのようになりたいと思いつつ育ちましたが、私も2児の母親になってみて、幼いときに憧れたマリヤ像とは違う姿が心に映るようになってきました。

 イエスがお生まれになった当時、イスラエルの民はローマの支配下にあり、厳しい状況に置かれていました。そのようななか、イエスの母マリヤはどのような家庭に育ったのでしょうか。聖書はマリヤの生い立ちについて沈黙していますが、祭司ザカリヤと親族関係にあること、また有名なマリヤ賛歌のほとんどの言葉が聖句であることなどから、信仰深い環境の中で、聖書に親しみながら育ったことはうかがい知れます。

 新約外典『ヤコブ原福音書』によれば、マリヤの父はユダ族出身のヨアキム、母はアンナです。うまずめだったアンナが、哀歌を歌って神に訴え、また夫も断食して祈り、そうして与えられたのがマリヤです。それでマリヤは、神に捧げられた子として神殿で育てられたといいます。

 まだ20歳にも満たないマリヤに、ある日、天使ガブリエルが突然現れ、「恵まれた女よ、おめでとう。主があなたと共におられます」と語りかけます。

天使の声を聞くマリヤ
(エル・グレコ画)

 マリヤはひどく胸騒ぎして、この挨拶は何のことかと思いめぐらせていました。この「思いめぐらす」と訳された言葉には瞑想ともとれる「沈思黙考する」という意味がありますから、マリヤは祈り心地になったのかもしれません。私はここに、ただ考え深いというより、一つひとつのことを神に聴き、神の御心をその中から汲みとろうとするマリヤの祈りの姿勢を見ます。その時、マリヤが天使から聞いたのはにわかに信じがたい言葉でした。

「見よ、あなたはみごもって男の子を産むでしょう。その子をイエスと名づけなさい……」

エンカレムの訪問教会にある46カ国語に訳された「マリヤ賛歌」のプレート

 どんなにマリヤは驚いたことでしょう。それでも彼女は応えました、「見よ、私は主のはしためです。お言葉どおりこの身になりますように」と。信じ得る者は幸いです。私が最もすばらしいと思い、そうありたいと願うのは、知恵に富むことよりもマリヤのように、信じることができる純粋な心をもつことです。

 神の子を宿す栄誉、婦人としてこれ以上の幸福はないでしょう。でも、現代とは違い、性道徳の厳しい時代です。天使の言葉が成就して未婚の母ともなれば、掟によって石打ちの刑で殺されてもしかたありません。マリヤが天使に応えた一言に、神の御旨が成るためには自分の命をも差し出す覚悟が込められているのです。こんなマリヤを神様はどんなに喜ばれたことでしょう。

 天使の語ったごとく、また己の信じるごとく、マリヤは、聖霊によって身重になりました。このところの詳しい消息は書かれていませんが、非難・中傷は容赦なくマリヤに浴びせられたのではないかと思います。愛する人がわかってくれれば、どのような試練にも耐えられるものです。ところが最もマリヤを愛し理解していた許婚(いいなずけ)のヨセフでさえ、マリヤを思ってのこととはいえ、離縁しようとします。マリヤの心は張り裂けるばかりに痛んだでしょう。でも、人から捨てられ、人に頼れなくなったときに、魂は天を仰ぎ、本当の祈りが始まります。血の滲むような涙の祈りをもって、マリヤは神に訴えたでしょう。真実な魂の叫びに神は応えたまいます。

エリサベツのもとを訪れたマリヤ
(ピエロ・ディ・コジモ画)

 ある日マリヤはエン・カレムにいる親戚のエリサベツを大急ぎで訪ねます。なぜ急いだかは記されていませんが、ひとり涙しつつ祈るなかに示されることがあったのだと思います。エリサベツは、その子ヨハネがイエスこそ神の子であると最初に証ししたと同様に、初めから信仰の目でマリヤを見ることができました。マリヤ賛歌はエリサベツと出会い、共に聖霊の喜びに与(あずか)るなかから生まれました。

 希望の光がどこにも見えない、イスラエル民族にとっては闇に覆われた時代にあって、マリヤのどこまでも神様に従って生きる姿勢は生涯を貫いていきます。幼な子イエスを連れてエルサレムの宮に詣でたとき、マリヤはシメオンから「あなた自身もつるぎで胸を刺し貫かれるでしょう」(ルカ伝2章35節)と言われます。その言葉の意味するところは何だったのでしょう。その後のマリヤの生涯を見ると、心の支えであった夫ヨセフを若くして亡くし、家族を支える苦労もしました。また、イエスが十字架にかけられるという例えようのない悲しみをも通らねばなりませんでした。しかしマリヤは最悪と思えるときにこそ、天を見上げて生きることができました。

 やがてそのようなマリヤを祈りの中心として聖霊降臨の日、ペンテコステを迎えることになります。

 私はイスラエル留学中にエン・カレムを訪ね、この人知れぬ山里で2人の婦人が、聖霊の喜びに手を取り合って躍り上がったことを思い、胸が熱くなりました。「そうだよ、希望の光は外側でなく、まず心の内側深く、隠されたところに照りはじめるのだ」という声を、その時私は心の内に聞きました。

 小さな、誰も知らないところから、やがて全人類を救う神様の業が始まると思うと、私の現実は、家事に育児にと忙しいですが何をしていても祈り深く、そして聖霊の喜びに生きる婦人でありたいです。

エリサベツが住んでいた山里、エン・カレム

(東京都在住)