小久保 乾門(そろもん)

ヘブライ大学のスコーパス山キャンパス

 エルサレムに建つヘブライ大学。あのアインシュタイン博士が最初の講義を行なったという、ノーベル賞受賞者を8名も出している大学。

 今年(2018年)は、そのヘブライ大学の定礎式が行なわれてから、100年目に当たる年なのです。などと言われても、イスラエルがかなり有名になった現在でも、ほとんどの日本人にとって「それが一体どうしたの?」という話でしかないでしょう。

 しかし、今から100年前、ほとんどの人がエルサレムという名前さえ知らなかったであろう日本で、ヘブライ大学定礎式のニュースに驚き、「かくて知識の中心はベルリンまたはロンドンより、旧(ふる)きダビデの町に移るであろう」とまで断言した人物がいました。

 無教会主義を提唱したキリスト者・内村鑑三です。

聖書の理想を実現する大学

 第1次世界大戦末期の1917年12月、エルサレムは、オスマン・トルコの支配からイギリスの手に移りました。イギリスはその直前に、「ユダヤ人の民族的故郷をパレスチナに建てることを支持する」という、有名な「バルフォア宣言」を出していました。ユダヤ人国家を建てたいと願う人々にとっては、夢のような、またとないチャンスが到来していました。

 その翌年、ユダヤ人国家の先駆けとして、「ヘブライ語で世界最高レベルの学問を学べる大学を作ろう」という志で設立されたのがヘブライ大学です。しかしユダヤ人たちは、ただ自分たちのためだけに、この大学を作ろうとしたのではありませんでした。

ヘブライ大学開校式でスピーチをするラビ・クック
(中央壇上)

 定礎式の7年後(1925年)に行なわれた開校式でのこと。当時、パレスチナのユダヤ人共同体の首長ラビ(ユダヤ教指導者)だったラビ・クックがスピーチをしました。彼はその中で、やがて世界の諸国民がこのエルサレムに、神の言葉を受け取るためにやって来る、そのような大学となりますように、と祝福します。

 それはまさに、イザヤ書2章にある、

 終りの日に次のことが起る……律法はシオンから出、主の言葉はエルサレムから出るからである。

という、エルサレムへの預言が、この大学を通して成就するように、という祈りでした。

神様の約束は実現する

 ヘブライ大学定礎式は、日本では誰も見向きもしないようなニュースだったでしょう。しかし、それを聞いた内村鑑三は、非常な驚きと喜びをもって、自身の月刊誌『聖書之研究』に、「エルサレム大学の設置」という文章を発表します。

 まず内村は、聖書には、国を失ったユダヤ人がやがてイスラエルに帰ってきて、その国を再建するという約束がある。英国によるエルサレム占領やヘブライ大学設置のニュースは、この神様の約束が真実であり、今まさにその約束が成就しようとしていることを示す大事件だ、と訴えます。「彼らが再びパレスチナに帰り、旧きダビデの王国を造らんとの聖書の預言は、彼らの歴史によりて証明せられつつある」と。

 事実、ヘブライ大学定礎式から30年後の1948年にイスラエルは建国されます。

 そして、さらに聖書には、イエス・キリストが必ず栄光をもって現れるという約束がある。ユダヤ人への約束が成就しつつあるということは、このキリストが現れるという預言の成就も近いことの証しなのだ、と内村は確信するのです。

 私たちの幕屋もまた、同じ1948年に起こりました。そして聖霊はありありと働き、2000年前同様に働くキリストの力を、多くの人々が体験してきたのです。

 大正時代の日本に、まだ荒れ野ばかりの聖地エルサレムに大学の礎石が据えられた、という小さなニュースから、聖書の預言は成就しつつあるという大きな意味を汲み取っていた日本人がいたことは驚きです。

 内村は言います。初めて聖地を訪ね、ヨッパの港に上陸した人は、ラクダの糞ばかりの貧しい町の光景を見て驚くだろう。この地に留学生が行く日があるなどと誰が想像するだろう。でもその日は近いのだ、と。

 まさにこの言葉のように、やがて幕屋からたくさんの若者がイスラエルに留学し、ヘブライ大学で学ぶ者も続いています。私もこの大学で聖書を学びつつ、毎朝キャンパスの一角で「キリストの聖霊の器としてください」と祈っていました。そして今も、ありありとキリストの栄光を現す証し人となしてくださいと願いつつ、日々を生かされております。

(2018年 広島市在住)