加藤 すみい

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 私の故郷・福島県浪江町(なみえまち)は、東日本一帯を襲ったあの大地震の日から、すっかり変わってしまいました。

 津波で被害を受けた地域は、すべてではありませんが、この5年間で復興が進みつつあります。けれども、福島第一原子力発電所の事故で、人が住めなくなっている浪江町のような所は、年が経つごとにその荒れ方がひどくなってきているんです。

 かつて私の住んでいた所は今、電気も水道も通っていません。そこは居住制限区域に指定されているので、昼間だけしか立ち入ることができないんです。あの日以来、家畜だった牛、野生のイノシシやネズミなどによって、畑や家の中が荒らされてしまい、今では、かつてそこに人が住んでいたことが想像できないほど、ひどい状況です。

 浪江町では今、除染作業が進行中で、表面の土を5センチほど削り取り、新しい土を入れているところです。やがて何年か後には放射性物質は除去されるでしょう。でも風評被害は簡単には拭い去れません。だから、いくらここで野菜を作っても、仕事にはならないでしょうね。

 「こんな所は国に買い上げてもらって、廃棄物の処理施設でも建てたらいいじゃないか」と言う人もいます。でも、じいちゃんやばあちゃんが苦労して山肌を開墾した土地です。また両親が必死に働いて建てた家があり、父も兄もこの地に眠っています。そう簡単に故郷の土地を捨てられはしません。

 今は荒れ果てたように見える浪江町です。私たちがいつ再び帰ることができるのかも、まだわかりません。でもこの土地にも命があるんだ、ということを皆さんにも知ってほしいんですね。それで、少しずつでも、畑に花を植えてゆきたいと思っています。

(2016年 仙台市在住)