伊藤 巽子(たみこ)

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 1957年、英語が好きだった私は、高校生の時にアメリカに留学しました。AFS(American Field Service 野戦奉仕団)という機関の募集で、日本全国から49人が選ばれて、アメリカの各地で1年間学ぶことになりました。この組織は、2つの世界大戦の戦場で傷病兵の救援活動をしていたボランティアが、「戦争を起こさない活動をしよう。柔軟性に富んだ若者の交流で相互理解を深めることこそ、世界平和の推進になる」という理念をもって始めたものでした。

  私たちは快適な民間機ではなく、アメリカの軍用機で激しく揺られて渡米しました。私はミシガン州のトラバースシティという田舎町の公立高校に通うことになりました。当時は珍しい日本から来た少女ということで、学校や町をあげて歓待され、「タミー」という愛称で呼ばれて多くの人に愛されました。

 そのアメリカで私の心に強烈に入ってきた光景は、アメリカの若人たちが胸に手を当てて星条旗に忠誠を誓い、「アメリカよ、永遠なれ」と国歌をうたう姿でした。独立戦争の戦跡などに行きますと、アメリカの友達が誇らしげに自国の歴史を説明してくれます。それに感心はするものの、自分は日本についてこんなに誇りをもって語れるかなと思うと、淋しい思いになりました。

(2016年 広島市在住)