石井 サカヱ

 娘のひとみは脳性小児麻痺で、子供の時からずっと体はぐにゃぐにゃで、話すのも大変です。

 今は50代半ばですが、小さい時から、リハビリや言葉の訓練などを受ける施設に通っていました。ある時からそこで絵を描く指導を受けるようになりました。

 筆を握って、絵の先生にも助けてもらいながら、力いっぱい画用紙に絵筆を滑らせていきます。でも力のかげんがうまくいきませんから、パーッ、パーッと絵の具がはねて、先生の顔もエプロンもびしょびしょにしながら、格闘するように描いていきます。

 ひとみは、寝ているそのままの格好で、見て、記憶にあるものを描きます。そして、自分で創作した言葉や詩を書き入れるのです。

 そうやって描いた庭のさくら草や、あぜ道に咲く彼岸花の絵が施設の展覧会に出品されたのですが、それをあるフランス文学者の先生が見られて気に入り、美術専門の出版社に紹介してくださいました。

 それから、ひとみの絵がカレンダーになったり、ポスターになったり、独り歩きしはじめたのです。

 子供の時に一度だけ見た打ち上げ花火を思い出して描いた絵は、海外の展覧会に出品されて、それがフランスの画家さんの目に留まり、なんとフランス・ワインのラベルに使われたりしました。また、「空」というひとみの詩は、台湾の高雄にある、義守大学という大学の校庭に建てられた石碑に刻まれています。

この姿のままで

 私がいちばん好きな絵は、はがきに描いたぶどうの絵です。字も自分でゆっくりと書きました。上手に描けないので、ひしゃげたような粒ができてしまいます。それが自分の体と二重写しになるのでしょうか、いちばんひしゃげた粒の下に、自分のハンコを押しました。

 でもそれが、全然みじめな一粒じゃない。明るく、「ふぞろいのぶどう でもおいしいよ」と書いているのを見て、「この子はキリストの愛をいっぱい受けた、幸福な娘なんだ」と感謝が湧いてなりませんでした。

 私が初めて幕屋の集会に集ったのは、ひとみが6歳の時です。それから毎週「集会、行きたい」とせがむひとみに背中を押されて、私たち夫婦もキリストに繋がりました。それから何年も、私たちは、この子が歩くようになることばかりを祈っていました。

 ある時、伝道者の方に、「ひとみさんの好きな聖句はどこ?」と聞かれて、ひとみはヨハネ伝15章の、「あなたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたを選んだのである、というところ」と、とつとつと言うのです。

 あーっと思いました。ひとみはキリストに触れてからずっと、「この体は、神様が選んでくださった姿なんだ」ということを知っていたんだ、と。

 この子は、この姿のままで神様を証ししているんだ、そう知った時、すべてが喜びに変わりました。ひとみが私に、神様の限りない御愛を伝えてくれています。

 ひとみ、ありがとう。

(2018年 倉敷市在住)