堀水 麻里子

 私が、長年離れていた徳島の家に戻ってきたのは、3年前(2015年)のことです。その時、徳島幕屋の方々が集まって、祈ってくださいました。それが嬉しくて数名で祈り会を始めると、悩みを抱えた友人などが4人、5人と次々に参加されるようになってきたのです。

 実は、この家は私にとって辛い思い出のある場所でした。でもそのことを通して今、神様の憐れみがここを覆っているのだと思うと、感謝でなりません。

心がボロボロになって

 私が初めてキリストの生命に触れたのは、主人の病気がきっかけでした。広島から徳島に嫁いできて10年目、主人は「がんが肺に転移していて余命半年です」という診断を受けました。

 私が結婚した時、原始福音の信仰をもっている姉は、「困ったことがあったら徳島の幕屋を訪ねなさい」と言いました。それで私は、藁(わら)にも縋る思いで幕屋を訪ねたのです。そこで教えられたとおりに、「助けてください」と1週間、必死に祈りつづけると、不思議に次の検査では、あったはずの影が消えていたのです。

 私は祈りの力を体験し、幕屋の中で生きたいと願うようになりました。ところが、それは簡単ではありませんでした。私の主人は医師でしたが、私が祈りで奇跡が起きたと言っても、「誤診だったのだ」と言って、私が幕屋に行くことを許してくれません。

 それだけでなく、もともとお酒が好きだったのが、がんの再発の恐怖からか、だんだん、飲むと暴力を振るうようになりました。私は真っ暗闇の外に飛び出して、知人宅に避難させてもらうこともしばしばでした。

 「普通に主婦として、母として頑張っているつもりなのに、いったい私のどこがだめなのか」、そう苦しむうちに、私はひどいうつ病になってしまいました。

 具合が悪くて寝ていると、主人は、「あんたなんか、もう母としても妻としても失格だ。離縁するから出ていけ」と言って、私への暴力がさらにひどくなります。

 主人に隠れて昼の家庭集会に出かけていって祈る時が、私の唯一の慰めの時間でした。

実家での回復の日々

 主人の暴力は長年続きました。長女や義母も見かねて、「もう別れたらいいよ」と言ってくれますが、子供たちがいてそう簡単に家を出るわけにはいきません。でも、「このままだと私はほんとうにだめになる。子供たちのため生き抜かなければ」と思うようになりました。そして、子供たちが皆大きくなって家を離れて後、ついに離婚して広島の実家に帰りました。

 広島で、自由に集会に出て祈れることが、こんなに嬉しいのかと思いました。毎回誰かが私を抱いて、一緒に泣いて祈ってくれました。帰っていったばかりの頃は表情も全くなくなっていたのですが、少しずつ傷が癒やされて、温かい心を回復していったのです。

 私の実家では姉一人から信仰が始まり、義兄も母も喜んで幕屋に集うようになっていました。私の病状は上がり下がりを繰り返しましたが、家族で毎日祈って過ごせることがどれほど力になったかわかりません。

 やがて別れた主人は、がんがあちこちに転移し亡くなりました。葬儀の後のことです。娘が「お父さんが夢に出てきて、『今から修行に行く』と言っていた」と言うのです。それを聞いて私は、「ああ、主人の魂こそ救いを必要としているんだ」と思いが変わって、主人のために祈る気持ちが湧くのを感じました。

 それから子供たちは、「母さん、徳島の家に戻ってきてほしい」と言ってくれるようになりました。けれども、私は離婚して家を出た者ですし、用事があって徳島に戻るたびにトラウマが甦ってきて体調がひどくなるので、戻れないという思いが強くありました。

 でも一方、祈りの喜びが湧きはじめると、「家に戻って子供たちにキリストの生命を伝えたい」という気持ちになります。どうしようか心が定まらないまま、しばらくの時を過ごしていました。

祈りは救いの力

 そんな頃、岡山の蒜山(ひるぜん)高原で、多くの人がキリストを求めて泊まりがけで集い、祈る、聖会が開かれました。2日目の朝、「神様、どうかあなたの道を示してください」と祈りつつ散歩していると、足元に四つ葉のクローバーを4つも見つけたのです。

 「うわぁ、四つ葉が4つも。これはきっと、四国に戻れということかな」。小さなしるしでしたが、それを信じて、思い切って四国に戻ろうと心が定まったのです。そして徳島に戻って始まったのが、わが家での小さな祈り会でした。

 昨年には友人が、ご主人との間に大変な問題が起き、理不尽な脅しを受けて、怖くて家に帰れなくなってしまい、「祈ってほしい」と言って飛び込んできました。昔の私を見るようで、祈りが湧きました。

 それから70日間、単純に「神様、救ってください、助けてください」と必死になって朝、夜、2人で祈りつづけました。すると、驚くような方法で問題がすっかり解決してしまったのです。でも、そのこと以上に嬉しいのは、祈りつつある間に彼女が聖霊の喜びに入れられ、キリストの信仰で生きはじめたことです。

 そして私は、今年参加した聖地巡礼でも、ものすごい祝福を頂きました。エルサレムのペンテコステが起きたという家で祈っていたら、主人の魂のことを祈らされました。すると、青く輝く1つの光が天に向かって吸い上げられていく光景が、心に迫ってきたのです。「ああ、主人の魂はキリストの御側に行った」、そう確信すると、私は嬉しくて泣き伏しました。

 ホセア書2章15節に、「その所でわたしは彼女にそのぶどう畑を与え、アコル(悩み)の谷を望みの門として与える」とあります。かつては悩みの谷にいたような私を、希望の人生へと導いてくださったキリストに、感謝は尽きません。

(2018年 徳島市在住)