長井 充
(藤井 資啓記)

 「長井さんの弾くベートーヴェンの『月光』は、ドラマチックな演奏ではありませんが、何だか涙がでました」

 「天才と呼ばれる人やコンクールで優勝した人の演奏より強く、心地よく心に響いてくる。技巧やアレンジで逃げない、『芯』と『自然体』を感じた」

 「長井さんの演奏は何だか、すごく澄み切った音色に聞こえます。なぜなんでしょう?」

ステージでキリストを証しする長井さん

 これらは、長井さんの演奏を聴いた人たちがインターネット上に書き込んだ、数多くの感想の一部です。

 長井さんの年齢は80歳。今も毎日5~6時間はピアノに向かっておられます。それは多くのピアニストが弾くようなグランドピアノではなく、電子ピアノでの練習です。長井さんは世の音楽家とは、おおよそ違う生き方をしてこられました。

 「ぼくのことを『ピアノをもたないピアニスト』と呼ぶ人がいるんですよ。ぼくが住んでいるのは古い木造アパートでね。そんな所にグランドピアノなんか入れたら、家がひっくりかえってしまうでしょ。でもぼくは、電子ピアノを一度弾きつぶしてしまうくらい練習してますよ。人は、環境が整わなければ良い演奏はできないと言うけれど、ぼくの場合は逆ですね。環境が悪ければ悪いほど、すばらしいものが内側から出てくるんですよ」

と、笑顔で話してくださいました。

聖霊を注がれる体験

 長井さんの母方の祖父・永井幸次氏は大阪音楽大学の創設者です。長井さん自身も東京芸術大学ピアノ科を卒業し、その後、武蔵野音楽大学のピアノ科で長年教えてこられた経歴の持ち主です。けれども定年を待たずに職を辞し、60歳にしてキリストを証しし、伝道する生活を始められたのでした。

 「ぼくは東京芸大4年生の時、激しい練習がたたって両手の指が動かなくなってしまった。どの病院に行っても回復は不可能だと言われました。絶望の中、自殺しようとして睡眠薬まで用意しました。

 でもその時、原始福音の信仰をもっていた方が私の頭に手を按いて祈ってくれたら、天からの激しい聖霊の注ぎを受けて回心したんです。すると病は癒やされ、今まで聴いたこともない音色が、ぼくの指先から出る体験をしたんです。この贖いの感謝は常にあります。

 その後の人生で、ピアノという神様から与えられたタレントを通して、キリストはぼくを用い、多くの人をこの信仰に導いてくださいました。でも信仰の恩師であった手島郁郎先生を天に送ってから、何度も天からの迫りを覚えました。それでついにピアノを処分し、家も売って、伝道に専心する歩みに踏み出したんです」

心の壁が落ちて

 それから10年間、長井さんは各地で、贖ってくださったキリストを証ししてこられました。そして70歳になり、再び東京に帰ってこられました。

 「東京に帰ってしばらくした頃、近所にピアノを聴かせるレストランがあるのを知ったんです。それで履歴書を持っていったら、採用されました。でも10年以上ピアノを弾いていなかったので、手の筋肉が全部落ちてしまっていたんです。本当なら弾けないはずなんですけど、かえって不思議なタッチに変わってきたんですね。

 ただ、それまで演奏は静かに聴いてもらうのが当たり前だったのに、レストランではどのテーブルでも大きな声で話している。お客さんはくつろいで食事をしているわけですから、それが当然なんです。でもその時はまだ、心の転換ができなかったんですね。『私のピアノを聴いてください!』と叫びたいような気持ちでした。

 ところがある時、幼い女の子がピアノの側に来て、瞬きもせずジーッと聴いてくれたんです。そうしたら今までの心の壁がストンと落ちて、それからはどんな騒音の中でも、平安な思いで弾けるようになりました」

年はとっても魂は前向き

 その後、ある音楽愛好家との出会いを通して、コンサートを開くようになりました。そして昨年(2014年)、都内のホールで、「長井充80歳バースデー・ピアノリサイタル」と題したコンサートが催されました。

 「これで7回目のコンサートになりました。特に今回の主題は演奏よりも、もっと明確にキリストの証しをすることでした。キリストに贖われなければ、ぼくの人生は24歳で終わっていました。それが聖霊を注がれたゆえに現在まで生かされている。その感謝があるんです。

 もちろん演奏を通してキリストを表すんですが、ぼくにとって演奏することは、自分をより高い次元に高めてゆくという気持ちが強いんです。それには技術もいるので練習はします。これは死ぬまで続くことですね。

 3年前に脳梗塞をおこしましたが、幸い両手の指は動きました。そしてこの2~3年、手首の力がだんだん抜けてきました。すると逆に、今までにない神秘な音の世界が開かれてきたのを感じるんですね。

 年をとって肉体が衰えてゆくのは当たり前です。だけど魂はいつも前向きで、さらに音の中にキリストの霊が宿るほどに、もっと高い世界を目指してゆきたい。そう願っているんです」

 コンサートの後、聴きに来た人たちが長井さんに言われていたのは、「今日は良かったです」ではなくて、「今日はありがとうございました」という言葉でした。長井さんの奏でるピアノが、聴衆の心の深いところにまで届き、感動を与えたからでしょう。

 この世の肩書きは一切捨てて、長井さんは今日も、レストランでピアノを弾きながら、その魂から奏でる妙なる音を響かせています。

(2015年 東京都在住)