馬場 善禄

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アラスカのパイプライン

感涙にむせんだ日

 晴れた日に、国際線でアンカレッジから北に向かって飛びたつと、眼下に一直線にのびるアラスカ縦断のパイプラインが見えてきます。

 三十数年前、第一次石油ショックが始まろうとするころでした。アメリカが石油を自国内でまかなおうと、北極海沿岸で採掘された原油をアラスカの不凍港まで送ろうとしました。

babas600mittsu2 そのために、延べ1500キロメートル、1.2メートルという大口径の鋼管が、約10万本。しかも当時としては世界で初めて、零下30度という、もっとも苛酷な条件に耐えうる鋼管のほぼ全量が、住友金属の和歌山製鉄所に発注されました。

 当時38歳の私は、その工場長をしておりましたが、300名の従業員とともに、世界で最高強度のラインパイプ(油送管)作りに挑戦しました。全員が鉄の安全帽の上に、日の丸のはちまきを締め、昼夜をおかない苦闘の3年間。最後の一本が完成した日の朝、工場長として全工員を前にしたときには、感激の涙をこらえることができませんでした。

(2002年 岸和田市在住)