エルサレムに昇る朝日

青木 千恵子

 鋼鉄(くろがね)のとびら うちくだきて
 捕囚(とりこ)をはなてる 主はきませり

 私が27歳のとき、父が不慮の死を遂げました。

 小豆相場に手を出したために大失敗をした、その結果の出来事でした。

 父は働き者でいろいろな方のお世話もよくし、娘として私は父を尊敬していましたから、突然の死の知らせは私に大衝撃でした。

 ちょうど1カ月後の2月19日、私はやっと聖書を開くことができました。ところがイエス様が捕らえられていく箇所を読みながら「人々の救いのために働いておられる御方が、どうして捕らえられるのですか?」と腹立ちを覚えました。

 けれども、読みつづけていきますと、イエスに罪状を認められない総督ピラトは申します。「何か言うことはないのか?」。ところがイエスは、ひと言もお答えにはならなかった。

 この1節を読んだ途端、私の魂がガタンと変わってしまいました。「ああ、神様、矛盾を超えた世界があるのですね!」と、父の死を乗り越えることができたのです。もう、うれしくて涙が溢れて止まりませんでした。キリストの慰めとはなんとすごいでしょうか、一瞬にして運命が変わってしまったのですから。

 この救いのために地上に来られた、主キリストのご降誕を心から感謝します。

(東京都在住)