セオドーラ 阿久津 冨美代

 私の住んでいるギリシアでは、天国の喜びを表現するときは、「マカリオイ!」と言うんですよ。それは、お金がもうかったとか、よい家庭に恵まれてうれしいとかいった、普通の幸福とは違う、もっと天的な喜びを言い表すときに使う特別な言葉です。

 1980年頃、私は、日本からギリシアに来ていた幕屋の方に、『生命の光』誌を頂きました。読んでみて「わぁ、すごいな!」と思いましたけれど、私には必要ないな、と思っていました。それで、クリスマスの時だけ幕屋に行っていました。

 ところが、次男のスピロスが5歳の時、筋ジストロフィーという病気になったのです。ギリシアの病院では、この病気ではないか、というお話だけでしたので、日本に行って筋ジストロフィー専門の病院で診てもらいました。するとこの病気は、幼い頃に発病し、筋力がだんだん低下していって、20歳までは生きられないだろう、という診断でした。

 その時は、ショックで言葉も出ませんでした。たくさんの治療費がかかるし、ギリシア人の主人はギャンブル好きだし、これからどうしていったらいいのだろう、と目の前が真っ暗になりました。

 絶望に打ちのめされて帰国しました。そんな時、枕元にあった『生命の光』を見ました。キリストが今も生きて働いておられる、という証しが載っていました。頼れるところはここしかない、この祈りの場所に行きたいと思って、アテネの幕屋に行きました。

 最初、「キリストを見上げて祈ってください」と言われても、キリストがどこにおられるのかわからないし、心配事が頭の中を駆け巡っている状況でしたから、不安がいっぱいで、集中して祈れませんでした。

「わぁー、うれしい」

 そんな時、日本の幕屋から伝道者の先生がギリシアの幕屋に来られて、数日間、祈りの指導をしてくださったことがあります。私は、スピロスの治療に必要な器械を買うために、必死な思いで働いていました。

 でも、何か確実なものが欲しくて、その祈り会に参加しました。先生は、「聖書には、イエス・キリストの死後、弟子たちが心を一つにして、祈りに祈っていた時、聖霊が注がれて、異なる言葉(異言)で神を賛美した、とあります。私たちも聖霊を注がれて異言で祈る時、力と喜びに満たされます。ここで、まだ異言の祈りを知らない方はいますか?」と聞かれたので、「私はまだ異言では祈れません」と言いました。

 先生は、私のために執り成して祈ってくださいました。けれども、まだ異言の祈りができません。すると、私の頭に手を按(お)いてくださって、「阿久津さん、いろんなことを考えず、ただキリストの名を呼んで祈りなさい」と言われ、そのとおりにしたんです。すると、聖霊が臨んできて、ワーッと異言の祈りが湧き出してきたのです。

「これ何だろう、わぁー、うれしい」と言いましたら、「よかったですね。それは、聖霊に満たされたしるしです。これからずっと、この祈りを続けなさい。毎日毎日、祈っていたら、喜びに満たされます。魂が清められ、霊の高嶺に昇ることができます」と言われて、わくわくしてきたんですね。

 それから生活が変わりました。それまでは、明日どうやって生きていこうと思い悩み、子供の前では涙を見せられないから、夜になると泣いていました。主人もショックで落ち込んでいました。

 それが、何でこんなに平安なんだろう。職場で難しい仕事を任されて、できないと思っても、祈ると力が湧いてきてやり遂げることができる。ああ、こういう世界があるんだ、ということを体験できたのです。

天使に囲まれて

スピロス君とアテネ幕屋の子供たち
(1990年)

 息子のスピロスは、幕屋の子供集会に行くのが楽しみでした。体はだんだん不自由になって、歩いていたのが、いざるようになりました。でも、幕屋の子供たちは助けてくれました。身体障害者として見ないで、一緒に遊んでくれるので、私はとても助かりました。

 息子は、21歳の時に天に帰りました。病院に入る時までは激痛に耐えて苦しそうでしたが、亡くなる前は、すごく微笑(ほほえ)んでいました。その時、スピロスの周りに天使がいるのが見えたのです。子供の天使が2人、その上に母親のような天使が見守っています。子供の天使たちが話しかけています。スピロスは、うん、うん、と言いながら、微笑んでいるんです。

 あんまりいい顔をしているものだから、病室の外にいる主人を呼びました。主人も、「本当だ、いい顔をしている」と言って喜びました。主人は、スピロスが回復に向かっていると思ったようですが、それが最後の輝きでした。間もなく息を引き取りました。

 地上では不自由な体でしたが、今は天で喜んでいる。あの最後の情景を思い出すたびに、さびしくはないんです。亡くなった後、イスラエル・ソングのハミングが心に響いてくるのです。天にいるスピロスが歌っているようで、それが励ましになりました。

喜びを伝える

 私は観光ガイドの仕事をしていますが、ある時、日本から来たツアーのお世話をしていました。

 すると、ある女性の旅行者が、「私は乳がんになって手術をして、3年以内に再発したら死ぬと言われました。けれど、再発してしまった。残された人生、私は何をしたらいいのでしょう」と言われます。

 私は、仕事ではスピロスのことは一切話さないできました、つらいことですから。でも、その人にだけは、すらっと話せたんです。

 「神様に祈ることができるようになって、私は突破できたんです。一日一日、祈りなしには生きられなかったけれど、息子は、病気の体を苦にもせず喜んで生きて、最後は微笑みながら、天に帰っていったんです」という話をしたんです。

 自分の体験したことを他の人に話すのは初めてのことですから、心臓がどきどきしました。そして、「一緒に食事をしませんか」と言いましたら、喜んでくださったので、アテネ幕屋にお連れしました。

 いろいろお話を伺った後で祈りましたら、その方は神様の御愛に触れたのでしょうか、涙を流しておられました。

 その方の住んでおられる大阪の幕屋を紹介しました。その後、大阪幕屋に行くようになったら、「これだ、私の生きる道はここにある」と言って喜ばれ、幕屋の聖地イスラエル巡礼にも参加されました。そして、残された日々を喜んで生き抜かれたそうです。

 昨年(2017年)の12月、ギリシアの幕屋の皆でクリスマスを祝いました。私は、賛美歌をうたいながら、感謝の涙が溢れてなりませんでした。

 苦しみのドン底で、泣きながら生きていた日々。そんな私をキリストは救ってくださいました。そして、天国の喜びを味わわせてくださった。

 ほんとうに聖書のマタイ伝5章にあるとおりでした、「マカリオイ!(幸いなるかな) 今、悲しんでいる人たちは。彼らは慰めを受けるだろう」

 私にも「マカリオイ!」と言って、慰めてくださったキリストの御愛に感謝いたします。また、日本から来られて支えてくださった方々に、感謝が尽きません。

(2018年 ギリシア・アテネ在住)