阿嘉 昭成

 自分の目が悪いと気づいたのは、小学生の時でした。ある日妹と絵を描いていたら、同じ景色のはずなのに、妹の絵には川の向こうに車が走っています。それで、「おまえは想像で絵を描いているのか、無いものを描くんじゃない」と言うと、妹は、「見えるとおりに描いているだけよ」と言うのです。その時初めて、自分の目が悪いと知ったのです。

 私が育ったのは沖縄です。敗戦から6~7年経った小学校5年生の時、学校で運動会の練習をしていたら、駆けつけてきたMP(米軍の憲兵)が車から降り、突然銃口を私たちに向けたんです。とっさに両手を上げましたが、怖かったですね。彼らは校舎の屋上に揚げてあった日の丸をはぎ取って行きました。当時占領下にあった沖縄の私たちは、日本人の誇りすら奪われて、人間じゃない扱いを受けていました。

 そんな理不尽な環境の中、家では母が重い病を抱え、私の目は次第に悪くなる。とうとう私はノイローゼになってしまい、このままだと気が狂ってしまうか、自殺するしかないと、運命にひしがれていました。

(2017年 西東京市在住)