私は『生命の光』の発行人ということ
になっております。けれども、
私が獅子奮迅の働きをして、
この月刊誌を出しているわけでは
ございません。幸い、信仰をもって、
2つのJ(日本とキリスト)のために生きよう
としている者たちがおりまして、
この『生命の光』を何とか充実したものに
したいと願いつつ、毎月産みの
苦しみをして刊行しているわけでございます。
現在、『生命の光』は554号
(当時)になっておりますが、
元々は手島郁郎先生が
−− 私は手島の家内ですけれども、
弟子でございますので、
「先生」と呼ばせていただきます
−−
50年前の伝道の最初から
『生命の光』を出しておりました。
最初は、300〜400冊という
発行部数でしたから、先生と私の
二人で宛名を書いて各地の読者の方々
にお送りしました。そういうところ
から始まったのです。
25年前、先生の召天後、
私どもの中で『生命の光』を
存続させるかどうかが問題となりました。
いわゆる無教会的な考え方としましては、
主筆が亡くなると、
その人の雑誌は廃刊になるというのです。
けれども、ある俳句をなさる方が、
「手島郁郎創刊」として出したらよい、
とご進言くださいまして、先生亡き後も、
今日までの25年間、こうして出しつづけてくる
ことができました。
この生命が雫でも流れたら
『生命の光』が、ある時から突如として
皆様のお手元に送られてきて
、「なぜ、私のと
ころにこんなものが?」と訝(られる方も
おありのことでしょう。
私どもは、「原始福音」と申しておりますが、
原始福音とは、いわゆる教会クリスチャンが、
「私はクリスチャンです」というような
一種のアクセサリーでもなく、
イデオロギーでもなく、また一つのサークル
活動などではとらえられないものです。
本当の宗教とは、その信仰に生命が躍動している、信仰の霊が脈打っているもの
ではないでしょうか。
その中でキリスト教も、信じる者に聖書
の生命がほんとうに盛られてこそ、
またその生命を生きてこそ、本物のキリスト教だ、
と私は思っております。
ですから私どもは、初代教会時代のように
活き活きとした信仰の生命
で生きることを目指し、
求めております。その生命は、言葉を換えて言えば、
「聖霊の愛」
とも言うべき無私、無償の愛ですが、今、
社会が求めているものこそ、
この本当の愛ではないでしょうか。
私どもは、日本の諸宗教を愛し、
祖師たちの人格を崇敬している
ものでございます。
そして、どの宗教であろうと、
発生当時の宗教的生命が光りだしたら、
日本といわず人類が救われる、
と私は信じております。
私どもの月刊誌を通して、
この生命が雫でもいいから流れたらよい
と切に願って、
『生命の光』の配布を始めたわけでございます。
「あなたのパンを水の上に投げよ、
多くの日の後、あなたはそれを得るからである」
(伝道の書11章1節)
と聖書にありますが、私どもは、
川の流れにパンを投げる思いでおります。
私たちを駆り立てるもの
現代は愛という言葉があまりに
低俗な意味で用いられていますが、
本当の愛が日本じゅうを潤し、
日本人の魂が目覚めますようにと祈らず
にいられません。
けれども、私どもがいくら配布に励んでも、
日本の全人口に比べれば、わずかの
方々の手に渡るだけでございますから、
「ごまめの歯ぎしり」と私は申しております。
私どもは、『生命の光』を配ることによって、
「どうぞ入会してください」とか、
「どうぞ定期購読してください」と言って、
誌代を頂戴するような下心は全然ございません。
ただ、お手に取って読んでいただいて、
何か共感共鳴するものがあるならば、
幸いでございます。幕屋というグループが、
こんなことをやっているという
ことを知っていただくだけでも、
ありがたいと思っております。
幕屋はいと小さい群れでございますが、
私どもは日本人として、キリスト者として
−− 私はクリスチャンという名前は使いたくありません
−− この世の中に何か
お尽くししたいと願っているものです。
私は今はこんなに元気にしておりますけれども、
50年前、幕屋に参りましたときは、
見えないものは信じられない、
ほんとうに哀れな魂の者でした。
そのうえ、体も病んでおりました。
けれども、ありありと生きて働きたもう
イエス・キリストに
体も癒やされ、魂も救われて、
今日までの歩みがございます。
幕屋に集っておられる方々は、
一人ひとりにそのようなドラマチックな
神様との出会いと救いの
体験がございます。そして、この救いを
得たからには、「神様、
私は何をしたらよろしいでしょうか?」
という思いに駆り立てられて、
『生命の光』を配っているのです。
未来のために良き土壌を
私はもう72歳でございますから、
21世紀には確実に亡くなっています。
けれども、
来る新世紀の日本のために何か
を残さねばならないと思います
ときに、この
『生命の光』をもっともっと配りたいと思っております。
そのことによって、21世紀の
精神的な土壌を準備すること
ができるならば、
これほどうれしいことは
ございません。
その良き土壌から、良き日本人が
生まれてくるに違いありません。
私はその結実を見ることは
ないでしょうけれども、
きっと良きことが
生じると信じて、なお『生命の光』
の配布を
続けてゆきたいと思っております。