▼真っ赤に燃えるナナカマドの木に、白い雪虫が舞いはじめた晩秋のころ、私は北海道に滞在していました。昨年の本誌8月号に掲載された、山崎晋さんご夫妻のいよいよ元気で前向きなお姿、車いすで生活しているご婦人のお姿など、「存在こそ聖、生きていることこそ祝福」という言葉そのものである方々にお会いできて、うれしかったです。
そしてまた、たくさんの新しい出会いがあり、「北の大地は証しの宝庫です!」と言葉が思わず出ました。一面真っ白な雪に覆われた地の皆様を思い浮かべながら、もち帰った証しの編集に向き合っています。(くにこ)
▼「鬼は〜そと!福は〜うち!」と、大きな声を出して、目には見えない鬼に向かって豆を投げつけ、邪気を払い、福を呼び入れる節分の月です。
声を腹から出すことによって、書かれている文字の内容だけでないものが感じられると、本号の河盛兄の随想にありますが、古来、日本人はそのことを体で感じ、知っていたのでしょう。
本誌にも毎号、贖われた方々の喜びを文字に綴っていますが、読者の方が声に出して読まれるときに、文字には収まりきらない天の生命が溢れてくるような文章を書かせてください、そう念じつつ、昨年より一つ多い節分の豆をほおばっています。(ふじい)
▼聖書塾では日章旗を揚げて「建国記念の日」を祝います。戦後ほとんど歌われなくなった『紀元節』の歌詞には、見えざる天を尊び、祈りを柱とした民族の心が表されています。
英国の宗教家イングは、「虎狼のような国民は、益々虎狼のような特色を発揮して滅亡する」と、諸国の興亡の因をその民族性に着目しました。日本が震災復興に専念している時に、わが国の領土や領海周辺で、虎狼のような動きをする国々があるのには驚きます。強く抗議しない国の腑甲斐なさも覚えますが、所詮イングの言うとおりでしょう。私たちの国は自らの尊貴に目覚め、他を益する国でありたい。(蓑輪)
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