長原 眞
波乱に満ちた新しい年を迎えました。
人々は、あちこちで頻発する紛争や、経済の破綻が世界じゅうに波及し、世界が大混乱に陥るのではないか、と不安な気持ちでいます。日本では、大震災からの復興もまだまだです。
昨年、大震災のようすをテレビで観ながら、私は、じっとしておれずに、すぐ被災地に向かいました。かつて教員として働いていた海沿いの町や、教え子たちの住んでいた漁師町は跡形もありませんでした。教え子たちの面影が迫り、深い悲しみの中で心からの祈りが湧きました。
それから2カ月後、幕屋の中高生が被災地の救援活動のために東北に行きました。畑にたまったヘドロを取り除く作業や、離島の遊歩道の清掃をしていました。
その時、虹のような七色の雲がたなびきました。それは、聖書の創世記に記されている、ノアの洪水の後に出てくる契約の虹のように、神様が新しいことを始めようとしておられる「しるし」だと思いました。
人は神の御影(みかげ)
震災からやがて一年になります。私は、犠牲となられたかたがたの死を無駄にしないように、自らを省み、人としてのあるべき姿を考え、聖書に問いました。
まず、「人間は、神の御姿に似せて造られた存在である、神の御影である」(創世記1章)というのが、聖書の人間観です。すなわち、人間にはもともと神のような尊い精神が宿っているというのです。
ところが、創世記では、地上に人間が増え広がるにつれて、神の子たる精神が失われていった、と記しています。
人が地のおもてにふえ始めて、娘たちが彼らに生まれた時、神の子たちは人の娘たちの美しいのを見て、自分の好む者を妻にめとった。そこで主は言われた、「わたしの霊はながく人の中にとどまらない。彼は肉にすぎないのだ」(創世記6章1〜3節)
神の子が自分の好みにまかせて結婚して生まれてきたのは、ネピリムという巨人でした。彼らは人間的に見れば、勇士と言われ、歴史に名を残す偉大な人たちでした。けれども、神はそれを喜ばれなかった。
そのような人たちに、神の霊は長く留まることはできない。神の霊を失った人間が心に思いはかることは、いつも悪いことばかりでした。その結果、暴虐が地に満ちました。神は御心を痛められた。
「知の巨人」
東京に住んでおりますと、創世記にあるような、人間の傲慢や暴虐が蔓延しているのを感じます。
ある文芸評論家が新聞に、
「現代にはいわゆる『知の巨人』と評される人が多くいて、人々はその人たちが書いた本を尊んできた。けれども、私は、地震で散乱した本を整理しながら、これらの本が実につまらないものであるように思われた。大震災という冷厳な事実に対峙できるような真剣さと深さをもったものではなかった」と書いていました。
神なき「巨人」と呼ばれる人によって建てられた文明は、バベルの塔にすぎない。
震災後の新しい文明は、傲慢な人間中心の文明ではなく、もっと霊的な精神的なものを大事にしなければならないのではないか。
万物更新のとき
創世記にはさらに、ノアがはとを箱舟から放つと、夕方になって、はとは、くちばしにオリブの若葉をくわえて帰ってきた、と記しています。オリブの若葉、それは地のおもてをおおっていた水が乾いて、地上に新しい生命が芽生えた、という希望の象徴でした。そのとき、神はノアとその子らを祝福して言われた、
「生めよ、ふえよ、地に満ちよ」と。
聖書によれば、ノアは、いつも神の御心を求め、神と共に歩いた正しい人だった、といいます。すなわち、神は、新しい文明が始まろうとするときに、ノアのような神と共に歩む者たちが地に増え広がることを望まれたのです。
私は、昨年2月に聖地巡礼でシナイ山に行きました。早朝、山の麓で祈っておりました。その時、
「もし、おまえがわたしに渇きつづけるならば、わたしはおまえを導く」という御声が響いてきました。心の突破、信仰の突破を求めていたときだけに、ハッとしました。神は、大切なことを教えてくださいました。
私たちは、「知の巨人」ではないかもしれません。でも、神の知恵は人の知恵に勝ります。ことごとに、
「神様、導いてください。神様、教えてください」と祈っていたら、必ず不思議な導きがあるものです。
祝福の人
昨年8月、私の尊敬するかたが天に召されました。その生涯は、神と共に歩いたノアのようでした。ことごとに神に祈りながら、霊感したこと、教えられたことを実践しておられました。
その結果、祝福が次々に押し寄せました。けれども、その祝福を己のためではなく、人のために、神のために、すべてを使い果たされました。
神を慕い、向上一路の魂は、いよいよ輝きを放っていきました。
東日本大震災の後に現れた七色の雲、それは、多くの犠牲のあとに、今までとは違う社会、お互いが助け合い、信じ合い、より精神的な社会を作り出すようにとの、天からの励ましに感じます。
ノアのような神の御心を行なう人たちが、聖霊によって次々と生まれることを通して、神は新しい文明を地上に築こうとしておられる。宗教の使命は、その御心に沿うところにあります。
(東京都在住)
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