原始福音
キリストの幕屋

信仰講話 <使徒行伝>

逆境の嵐に遭うとも

 
 
手 島 郁 郎  (1910〜1973年)
 
   
昨年は、東日本大震災が起こり、その影響は今もなお被災者の方々の上に、そして政治や国民生活に重くのしかかっています。年頭に当たり、使徒行伝講話から、嵐に遭うとも毅然として立つ使徒パウロの信仰を語った講話を掲載いたします。(編集子)

 私たちは「信仰によって救われる」と申しますけれども、信仰とはどのような内容のことであるのか。「信仰」という言葉は同じでも内容が違っておりましたら、パウロが言う「義人は信仰によって生きる」(ガラテヤ書3章)ということと、違った結果となってしまいます。
 パウロにおいて信仰とは、どのような状況の中にあっても、神にほんとうに信じて、神と共に雄々しく生きることでありました。この使徒行伝の27章の箇所を読むと、それがよくわかります。私たちは、このような信仰的生活を自分のものにいたしとうございます。

パウロにかけられた使命

 イエス・キリスト亡き後、弟子のペテロたち120名の者が祈りに祈っていた時に、彼らは約束の御霊を激しく注がれて立ち上がり、初代教会が誕生しました。
 その福音の喜びは、エルサレムを中心に広がり、教会の迫害者であったパウロまでが、復活のキリストに出会って回心し、福音の担い手として召されました。そのパウロの伝道によって、アジア地方(今のトルコ)、ギリシア方面にキリストの信仰者の群れが次々と生まれてゆきました。
 ある日、パウロはキリストから、「*ローマにおいても福音を証しせよ」と黙示され、そのことの実現を願っておりました。そして、それはついに、一つの事件を通してローマの皇帝に直訴する囚人となって、道が開かれていったのです。パウロが鎖に繋がれてカイザリヤから船に乗せられてゆくという、ローマへの長い航海での出来事が27章に記されています。

 

*ローマ
当時の世界最大の帝国の首都。その頃は、皇帝ネロの支配下にあった。

聖書が伝えている信仰

7 幾日ものあいだ、舟の進みがおそくて、わたしたちは、かろうじてクニドの沖合にきたが、風がわたしたちの行く手をはばむので、サルモネの沖、クレテの島かげを航行し、8 その岸に沿って進み、かろうじて「良き港」と呼ばれる所に着いた。その近くにラサヤの町があった。(27章7,8節)

 パウロはキリストに黙示され、囚人の身となってまでも出掛けました。それなのに、どうして初っ端から行く手を阻む逆風が吹くのでしょうか。
 「自分は信仰をもっているのに、どうしてこんな逆境に出合うのか」と言って呟く人があるならば、信仰がまだ十分ではありません。逆境をも乗り切ることができるのが、原始福音の信仰なのです。否、聖書が伝えている信仰です。
 逆境で試された信仰はほんとうに強くあります。しかし、試されたことのない温室育ちの信仰は役に立ちません。どこかに出掛けるときに、「天気が悪い、引き返そうか」ではいけない。
 3年前のこと、東京と関西の幕屋の婦人たちが、バスを五、六台連ねて浜名湖畔で合流して集会を開いたことがあります。ところが、時ならぬ台風の来襲で大嵐となり、お世話する人は非常に心配しました。しかし、400名近くの方が嵐を突いて行かれますので、これには幕屋の婦人たちはなんと勇敢だろうか、といっぺんで折り紙が付きました。こんなことは普通の教会では見られない現象です。私たちは、「矢でも鉄砲でも持ってこい」というぐらいの気持ちで、目的に向かって進んでゆくことが大切であります。神が「行け」と言われたら、行くことであります。

地中海地図
パウロのローマへの旅(略図)

未来を察知する祈り

 クレテ島の南海岸にある「良き港」において長い時が経過して、*大贖罪日を迎えるための断食期が過ぎた頃でした。パウロは乗船している人々に、「出航したら積み荷や船体ばかりでなく、われわれの生命にも、危害と大きな損失が及ぶであろう。今、出航してはいけない」と警告しました。
 しかし、一行の責任者であったローマの百卒長は、パウロの意見よりも、常に地中海通いをして航海や天候についてよく知っている船長や船主のほうを信頼しました。そして彼らは、「もっと安全な島の西のピニクス港に行こう」と言いだしました。
 ユダヤ新年を迎えて、断食して祈りに祈り込んでいたパウロです。数日間、神の御前に自らを低くして過ごして心の状況が違っておりましたから、未来の危険も察知できました。それで、囚人の身でありながら一行全体のことを心配して、「危ないことになる。ぜひ出帆は止めてほしい」と言いました。
 しかし、「囚人のくせに何を言うんだ」といったふうで、船長はじめ百卒長、護衛の兵士たちもパウロの言うことを聴きませんでした。
 こんな時、囚人の分際で分に過ぎたことを言ったら鞭打たれるかもしれません。しかし、彼は恐れずにあえて言いました。これが聖書の宗教というものなのです。おとなしいばかりが宗教ではありません。
 皆さんは、これを読んで宗教は何か非常識なものだと言われるかもしれない。しかし、一見、常識を欠いだように見えましても、常識が敗北し、深い断食の祈りが、そのとおりになさしめる。こういうことは、ほんとうに宗教を生きてみなければわかりません。

 

*大贖罪日
ユダヤ人が、新年を迎えて10日目、罪の清めのために断食して祈る日。その掟は今も守られている。

祈りの生活を

手島先生
 私たちは毎朝、神の御前に深く祈ることが大事です。神は、その時その時に大切なことを私たちに教え、黙示し、囁きたまいます。これは貴重な経験です。
 「天のお父様、あなたは、私たちが朝ごとに御前に出て、祈り拝することを望んでおいでになります。だのに毎日、忙しさにかまけ、ただ機械的に常識的に生きようとして失敗することがあります。どうぞ、朝早く起き出て、あなたにしばらく祈ることを得させてください」
と言って、祈って生きるのでないならば信仰はわからないのです。
 私たちは、研究に、事業に、また家庭において馬車馬のように忙しく働いている。働くことは大事です。しかし時には、深く静まって神の御前に出るということが大事です。そういう人は、世の人と違った見識をもってきます。
使徒行伝を講ずる手島先生
(全国町村会館 1972年10月)

 普通の人は利害、打算、その時の都合で動きます。しかし、私たちは静かに朝晩、神の御前に黙祷したいものです。そうして心静めて生きると、やがて重大な問題について神に示され、大きな救いとなると信じます。航海について常識的に専門的にわかっている船長たちよりも、断食して祈ったパウロの心に映る出来事のほうが、いかに正しかったか。このことを私たちが学ぶために、この記事は書かれているのです。

ユーラクロンの嵐の来襲

13 時に、南風が静かに吹いてきたので、彼らは、この時とばかりにいかりを上げて、クレテの岸に沿って航行した。14 すると間もなく、ユーラクロンと呼ばれる暴風が、島から吹きおろしてきた。15 そのために、舟が流されて風に逆らうことができないので、わたしたちは吹き流されるままに任せた。16 それから、クラウダという小島の陰に、はいり込んだ……(13〜16節)

 航海に絶好な南風が静かに吹いてきたので、船長たちは、「それ見たことか。囚人のパウロの言うことなどを聴いていたら、とんでもないことになるところだった。帆を揚げて出掛けられるぞ!」と言って出帆しました。しかし、この静かな風というのは実は日本で言う、台風の目に入ったような静けさだったのです。
 今の世の中にも、「幕屋の人の言うことを聞いていたら、とんでもないことになる」と言う人たちがいるでしょう。しかし、時間をかけたら本当のことがわかります。
記事の後ろのほうを読んでゆくと、この船に276人が乗っていたというのですから、ずいぶん大きな船であったことがわかります。
 私たちは、このユーラクロンのような人生の大暴風雨に出合うことがあります。そんな時には神様も無いかのように思われ、真っ青になってしまいます。しかし、究極的状況と言いますか、絶望寸前の状況に人間が立ち至りますと、不思議な知恵が湧いてくるものです。
 後のほうに書かれているように、人々は暴風にひどく悩まされて、船の積み荷を捨てはじめ、船具までも手ずから投げ捨てました。そして何日も、太陽も星も見えず、暴風は激しく吹きすさぶので、乗船者たちは助かる最後の望みもなくなったのでした。(18〜20節)
 この嵐との遭遇は、使徒行伝の筆者のルカにとって大きな経験だったのでしょう。ずいぶん詳しく書いており、当時の海運業のようすがわかります。
 今でも船が暴風雨で転覆しそうな時、船と乗員の安全のため積み荷を捨てることがあります。無事に目的地の港に着いたら、積み荷の損害を船主と荷主共同で弁償しなければなりません。「共同海損」と言いますが、このようなことが2千年前から行なわれていたことがわかります。

絶望は力

 しかし、すべての希望が奪い去られた時にこそ、信仰は役立つのです。平生、平々凡々な生活をしている時には、信仰はあまり役に立たないように見えます。危急存亡の時に、そのまま限界状況に呑まれてゆく人と、それを打破して突き進んでゆく人との二つに分かれます。
 信仰とは、見えないことを信実とすることでありまして、なお絶望の彼方に神様がいたもうことを信じて、神の御名を呼んで問題を解決するにあります。絶望は力です。
 キェルケゴールは、「絶望は死に至る病である」と言いました。それは一面の真理です。しかし、「神様、人間の目に見ゆるところ絶望です。だが、あなたは何かを為したもう!」と言って、希望以上のものを待ち望んでゆくところに、信仰があるのです。絶望は力を生み、不思議な知恵を湧かします。絶望しそうになる寸前、私たちは信仰を呼び起こすことが大事です。信仰とは神を呼ぶことだからです。人間の目には不可能に見えても、神はそれを為し能う。
 ここにパウロの粘り強い忍耐と信仰がありました。忍耐した希望と、そうでない希望とがありますが、聖書で言う希望は、耐え忍んで待つことを言います。

心晴れやかに喜べ

21 みんなの者は、長いあいだ食事もしないでいたが、その時、パウロが彼らの中に立って言った、「皆さん、あなたがたが、わたしの忠告を聞きいれて、クレテから出なかったら、このような危害や損失を被らなくてすんだはずであった。22 だが、この際、お勧めする。元気を出しなさい。舟が失われるだけで、あなたがたの中で生命を失うものは、ひとりもいないであろう」(21,22節)

 22節の「この際」とは、この最悪の状況下において、ということです。「元気を出しなさい」と訳されている euqumew(ユーテュメオー)は、直訳すると「心晴れやかにする、機嫌をよくする、喜ぶ」という意味です。皆が食事も喉を通らないくらい心配な時に、パウロが言ったのは「Be glad, you will be alive! (さあ喜べ、そうしたらあなたがたは助かるんだ)」ということでした。
 生命というものは、活気に満ちて、晴れやかで、喜ばしいものです。花は咲き、鳥は朝の光に囀って歌う。

 自分が失敗した時に自己反省するのもよい。しかしそれよりも、信仰は内なる喜びを与えるものです。内から湧き上がるこの喜びを失ったら、問題を逆転できません。
 心が滅入り込んでいる時に、それに同情する人は多いでしょう。しかし、パウロのように「心晴れやかに喜べ!」と言う人は、ほんとうに少ない。こういう時に、パウロの信仰を子細に観察することが必要です。
船の模型
パウロの時代に地中海を航行していた船(復元)

 イエス・キリストは十字架にかかられる前、「あなたがたにも今は不安がある。しかし、わたしは再びあなたがたと会うであろう。そして、あなたがたの心は喜びに満たされるであろう。その喜びをあなたがたから取り去る者はいない」(ヨハネ伝16章)と弟子たちに語っておられます。誰もが気が滅入りそうに沈む時、イエス・キリストは「喜べ!」と言われました。
 しかし普通の人は、「こんな時に喜ぶことができるものですか」と言うでしょう。それは何かを欠いでいるからです。すなわち、神の息吹、満ちてくる聖霊、込み上げてくるような生命を失うと、青い顔をして生きねばならない。顔が青いというのは生命が衰弱している証拠です。
 私たちが困難に、絶望状況に逢着した時、これを切り抜けるにはどこから始めればよいのか?それは「喜ぶ」ということからです。自分で喜ぶことから始めよう、喜べるような人と話そう、と内なる喜びを得ようとすることが信仰に大事です。今のキリスト教はそういうことを言いません。しかし、イエス・キリストはそう教え、豊かな御霊の生命を与えたまいました。

<以下略>

(1972年10月8日 東京・全国町村会館)

 

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